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田舎暮らしに憧れている人は少なくない。「田舎で暮らそうよ」なんていうドラマもあったほどだ。
かくいうわたしも新興住宅地から田舎の実家に戻ったばかりである。まあ、田舎といっても実家のあるこの地区はまだ開けているほうだ。山の麓ではあるが、少なくとも山の中ではない。
この地区よりも山の奥に行けば、車の往来もまれな集落が点在している。田舎暮らしに憧れる人は、そんな土地に住んでみたいと思うのだろう。
だが、山間部の集落とはいえ、決して「安穏」とはいえないのだ。
県北部の山里に住む主婦Tさんはすでに夫を亡くしており、子供たちも皆、家を出て独立している。老いた身での独り暮らしだ。
集落には十数軒の民家があるが、半数ほどが空き家であり、残っている住人も高齢者がほとんどだという。いわゆる限界集落である。
そんな集落にあるTさん宅では、一時期、さまざまなものがなくなっていた。
まずは犬のえさである。Tさんにとって唯一の家族ともいえる犬だが、それに与えるえさが、ほかのものに横取りされていたのである。
犯人はハクビシンや猿といった野生動物だった。敷地内に立ち入ったよその人間には吠える犬だが、さすがにハクビシンや猿は怖いらしい。目の前で自分のえさを食べられても、怯えて吠えることさえできなかったのだ。無論、Tさんもただ見ているしかなく、その現場に近づくことはできなかった。
さらに深刻な事態があった。敷地内の畑で栽培している野菜が、毎日少しずつなくなっていくのである。ハクビシンや猿だけではなくイノシシも目撃されることはあったが、そういった野生動物によって荒らされたのではない。丁寧にもぎ取られたり引き抜かれたりしていたのだ。
ある日、Tさんはついにこの犯行現場を目撃した。犯人は隣の家の主婦だった。やはり独り暮らしの高齢者である。この隣家の主婦はTさんとはたまにお茶を飲んだりする間柄であり、わたしとも話したことのある「至って人柄のいいおばちゃん」なのだ。
とはいえ窃盗は窃盗である。さすがにTさんは「あんた、何やってんの。ひとんちの野菜を勝手に引っこ抜いちゃって」とその主婦を窘めた。しかしその主婦は「いいじゃない、ちょっとくらい」と悪びれた様子もなく言い放ってその野菜を持って帰ってしまった。
それだけではなかった。Tさん宅では業者が運んできた灯油を自宅の裏に置いてあるドラム缶で備蓄しているのだが、Tさんが使っている以上にその灯油が減っていくのだ。
ある日、外出先から帰宅したTさんが玄関に入ろうとすると、裏のほうで物音がした。そっと裏に回ったTさんは啞然とした。隣の主婦がドラム缶から灯油を抜き取っていたのだ。
Tさんは我に返ってなんとか口を開いた。
「あんた、それ、泥棒っていうんだよ」
これに対して隣の主婦は、「あれ、見つかっちゃった」と舌を出して苦笑し、渋々と帰っていった。
Tさんはことを大きくするのを避け、警察には通報しなかった。
後日、わたしはTさん宅前の道ばたでTさんと雑談に興じていた。ちょうどそのとき、散歩でも行くのか、隣の主婦が通りかかった。
「今日はあったかくて良かったねえ」
隣の主婦が笑顔で話しかけてきた。
「そうだねえ。散歩?」
Tさんも笑顔だった。
「うん、ちょっとそこまで」
隣の主婦はそう答えて立ち去った。
そしてTさんはつぶやいた。
「まったく、とんでもないおばちゃんだよ」
妖怪の総大将とされる「ぬらりひょん」は勝手に他人の家に上がり込むというが、この隣家の主婦は、それにも勝る妖怪的な図々しさだ(もっとも、ぬらりひょんの妖怪総大将説や勝手に他人の家に上がり込むという話は、のちのちに考えられたらしい)。
「あんな人が隣にいたら、たまんないね。それにしても厚顔無恥なおばちゃんだ」
だがよくよく考えてみれば、「厚顔無恥なおばちゃん」というより「サイコパス」と称するべきかもしれない。
特徴としては、『良心が異常に欠如している』、『罪悪感が皆無』、『行動に対する責任感が全く取れていない』などが挙げられる。大部分が『犯罪を犯す犯罪者』だけでは無く、『身近に潜む異常人格者』になっている。(「ニコニコ大百科・単語記事:サイコパス」より抜粋)
まさにその隣家の主婦はこれに該当するではないか。
しかし、こういった人物、すなわちサイコパスは、わたしたちの身近にいくらでも存在している。サイコパスと一度もかかわらずに人生を終えることのほうが希らしい。
それから数か月が経ったある日、Tさん宅の隣の家が火事に遭った。あの主婦が火の不始末をしでかしたらしい。主婦は無事だったが、家は全焼した。
現在、その主婦は別の土地で暮らしているという。