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わたしの同期にDさんという男がいる。彼は小学校時代のある日、とんでもないことをわたしに言った。
「道路をものすごいスピードで走るミイラ男を見たんだ」
突然そんなことを言われたら、多くの人は「はあ?」という反応を示すだろう。
だが、その当時のわたしは好奇心旺盛な小学生男子だった。
「ミイラ男って、あのミイラ男? でっかくて強い奴?」
ミイラ男と聞いてイメージしたのは、昔のホラー映画に登場した、前進包帯だらけのあの化け物である。Dさんの何度も頷く様子を見ると、確かにそのミイラ男らしい。
「いつどこで見たの?」
わたしが問うと、Dさんは迷わずにこう答えた。
「昨日の夜遅く、家の前で見たんだ。ミイラ男が、家の前の道路をすごいスピードで走っていったんだよ」
どうやらDさんの自宅前の県道をミイラ男は南下していったらしいのだが、その模様を想像しているうちに、わたしは懐疑の念を抱き始めた。ミイラ男という非現実的な存在が自分たちの生活圏内にいる光景……が、あまりにも稚拙に思えたのだ。
そうなると、Dさんの訴えのすべてが、わたしにとっては虚構である。
「ミイラ男って動きが鈍いよ。それなのに速く走れるの?」
「足は動かさないんだよ」とDさんは即答した。「足を伸ばして座った姿勢で、太股の裏とかすねからタイヤが出ていて、自動車みたいに走っていたんだよ」
まるでSFアニメの変形ロボットである。わたしは返す言葉を見失った。
そのときのやり取りの詳細は忘れてしまったが、わたしが恐怖を抱いていたのは事実である。無論、Dさんの与太話が怖かったのではない。Dさん自身のことが怖かったのだ。
おそらくDさんは、わたしを担ぐつもりで虚言を切り出したのだろう。しかしわたしが疑い始めた辺りから、Dさんはムキになって「本当だって! だって、見たんだもん!」と繰り返していた。
Dさんの中では、自分で作った嘘が真実になっていたのかもしれない。
自分でついた嘘なのに、いつの間にか「真実である」と思い込んでしまう。これを「空想虚言症」という。心霊現象や超常現象の体験談の中には、こういった空想虚言症によるものもあるらしい。すなわち、「見たんだ」と言い切っている本人にいくら「嘘でしょ」と失笑して見せても無駄である、ということだ。何せ、空想虚言症であるならば、その時点ですでにその人は自分の嘘を真実だと思い込んでいるのだから。
では、「本当に幽霊を見たんだ」と訴えている人は、誰もが空想虚言症を煩っているのだろうか? だとすれば、「信じてはいないが体験したことがある」と言っているわたしなどは、見も蓋もないことだが、空想虚言症の可能性が否めないだろう。わたしの妻もしかり、である。まあ、そうでないとは思っているのだが。
もっとも、幻覚や妄想といった症状があるのは事実であり、どうしても原因のわからない不可思議な現象を複数の人間が同時に確認している例もある。それらに鑑みれば、空想虚言症はほんの一部に過ぎないと言えるだろう。
しかし、空想虚言症が厄介であることに違いはない。
Dさんはあのときの発言をどう思っているのだろうか? 訊いたところで「そんなこと言った覚えはないよ」と返されそうだ。
それ以前に、現在、Dさんとは音信不通である。
自分が「これは真実だ」と言い切っていたことが本当に「真実」なのかどうか、疑うのはよしたほうがいいだろう。どこに真実があるのか、わからなくなってしまう……そんな事態に陥ってしまったら、自己崩壊の始まりである。