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わたしの妻はわたし以上に現実主義である。幽霊もあの世も信じていない。にもかかわらず、不思議な体験をしたことは多いらしい。その数は、わたしの不思議体験よりも多い。
妻が子供の頃の話である。
当時、妻の父親――つまりわたしの義父は、電気工事の職に就いていた。業者の施設や個人の家屋などの電気設備の修繕や新設を施す仕事である。
ある日、近所の寺の住職が亡くなり、その寺で葬儀がおこなわれることになった。葬儀のために提灯などの電気設備が用意されることになり、義父がその工事を請け負った。
当然であるが、工事の際は配線のために寺の施設内を動き回らなければならない。工具や電気コード、電気器具などを手にして行ったり来たりしていた義父は、ふと気づいた。襖の一つの動きが悪いのだ。
仕事は忙しかった。しかし「これでは気の毒だ」と思った義父は、忙しいにもかかわらず、鴨居と敷居に鑞を塗り、襖の動きを滑らかにしてあげた。
工事は無事に終了し、義父は暗くなる頃には帰宅できた。
その夜、家族が寝静まっていると、突然、ばたんばたん、と激しい音がした。子供部屋で寝ていた妻は、二人の姉とともに飛び起きた。
見れば、子供部屋と両親の寝室とを仕切る襖が、独りでに開閉を繰り返しているではないか。
ただでさえ普段からきつく、開け閉めに苦労する襖なのだ。それが勝手に動くはずがない。
開閉を繰り返す襖の向こうでは、両親も目を丸くしてこの現象を見ていた。
異変はものの数秒で鎮まった。すぐに義父が襖のところに立ち、確認をした。しかしそこには誰もおらず、襖もきついままだった。
義父は家族に向かって言った。
「きっと、亡くなった住職が襖のお礼に来たんだよ」
この話を聞いたわたしは、妻に尋ねた。
「義父さんは、寺の襖を直しておいて、どうして自分の家の襖はきついままにしていたんだ?」
「外面がいいだけなんだよね」
妻はあっけらかんとした表情でそう答えた。
「でさ」わたしはさらに尋ねる。「そんなことがあっても、幽霊とか、君は信じないの?」
「だって幽霊の姿を見たわけじゃないもん。きっと、別の何かだったんだよ」
「別の何か、って……」
義父は数年前に他界した。
今のところ、義父が自分の家族に何かを知らせに来た、という兆候は見受けられない。